2010年07月03日

桜の森の満開の下

P1010870.jpg

文庫なのに1000円を超える本で
でも読み応えはあります。結構盛りだくさん。
表題の作品や「夜長姫と耳男」は寓話風で面白く
一気に読めるけど、たまに、はっとする。
ああ、この人はわかっているのだという気持ちが
安吾に対して浮かぶのは古里や家に対するアンビバレントな心情だろうか。
「道鏡」もある意味「家」の話ではある。
延々天皇家の歴史の叙述が続き、
女帝の時代が続く頃にはそういう小説だと思って読んでいたのに
道鏡が出てきたところで、急に
わたしから見ると、すごく濃いラブストーリーに転調してしまった。
読み終わっても体の力が抜けてしまう程、濃厚。
清い高潔な2つの魂が出会ったことによる
あまりに完璧な調和の愛。
って書くと陳腐に響くかもしれないけど
うあー、というか、ふわ〜、というか
目がくらみそうです。
孝謙天皇は50歳間近で道鏡と出会った。
自分は自分のレベルでしか人と出会えないのはわかってるけど
完璧すぎてこわいようなこういう恋愛、憧れるなぁ。

安吾の書く恋は本当に切ない。
「紫大納言」は贅肉が人の姿を借りたような
醜い色好みの中年男。
これが人生初めての本当の恋に落ちた。
ずるくひとりよがりで醜い中年男だけど
この恋だけは本物で、どこまでもその恋だけの男になってしまい
ついには自分自身というものさえ消えはて
ぼろぼろになって死んでしまう。
こんな中年男に共感させられてしまうじゃないか!
安吾はこういう神様の愛のようなことを書く。
でも外側から見て読んでいるこっちは
本当に切なくなる。
posted by mintcafe at 12:11| Comment(1) | TrackBack(0) | mintの本棚より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高校の現国の教科書に坂口安吾の堕落論が載っていました。
その頃はあまり読書に興味がなかったのですが(後悔してます)、現国の先生がとても印象に残っていました。

その時代でもかなり変わった先生が多く、その中でも異彩を放っていました。
下駄を履いて来られていたのです。


本当に文学が好きな先生だったようで、
「面白い本を教えてください」と言うと、すぐにスラスラと出てくる先生でした。

でもとっても気さくな先生で生徒から
「のじさん(野尻という名前でした)」と慕われていました。

特に坂口安吾がお好きだったようです。


数年前、この記事(532)を見付け
http://www21.ocn.ne.jp/~hopes/comment/530-539.htm

先生の偉大さを改めて思い知りました。

もっと色んな話をすればよかったと後悔しきりです。
Posted by フランソワ at 2010年07月23日 14:40
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