2010年07月06日

村田エフェンディ滞土録

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こんなパソコンなんかなかった明治の時代、
土耳古(トルコ)への留学生、村田のお話です。

以前住んでいたマレーシアを思い出します。
どちらもイスラムの国で、
どちらも多民族・他宗教がせめぎあいつつ、
なんとか均衡を保って共存している。

自分とは違うものやことに対して、
理解はできないけど容認はする、という
作者がいろんな作品で繰り返してきた姿勢が
その均衡には現れていると思います。

後半大きく動く時代の波の中で、
登場人物それぞれの境遇も変っていき、
最後わたしは淋しくなって泣いてしまいましたが
残ったのは年取った鸚鵡と
その言葉だけではないのだということは
しっかりわかります。
前作?「家守綺譚」で主人公だった綿貫が、
この本の中で言う言葉
「歴史というのは、物に籠もる気配や思いの集積なのだよ、
結局のところ。」
ということと繋がっていると思います。

とはいえ、全然難しい主義主張の本ではなく
とても繊細でゆったりした、青春の物語でもあります。
子連れで8年住んだマレーシアも
わたしには青春の物語だったのかなぁと
彼の地のあれこれがとても懐かしくなりました。
posted by mintcafe at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | mintの本棚より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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